古賀文敏ウイメンズクリニックKOGA FUMITOSHI WOMEN’S CLINIC

患者様からのお便りを集めました

患者様の声は、当クリニック宛にいただいたお便りを集めたもので患者様の体験談です。 患者様の声をお読みになって当クリニックへお越し下さる方が沢山いらっしゃいます。 また、当クリニックのスタッフもお寄せいただいたお便りに日々励まされております。

7回の流産を乗り越えて」は、 院長が当クリニックを開業するに至った原点とも言える方からお寄せいただいた体験談です。ぜひお読みください。

なお、「患者様の声」は随時募集しています。こちらからお寄せください。

治療内容

治療内容:

移植前、夫のみた夢が正夢に…

お礼のお手紙が遅くなりました。古賀先生、通院中は大変お世話になりました。昨年クリニックを卒業いたしました、○○です。
おかげさまで、今年女の子の双子を無事に出産いたしました。実家の母や家族に子育てを手伝ってもらいながら、日々この幸せをかみしめて過ごしています。

今まで前の病院で7回もの移植をするも妊娠に至らず、同じ内容の治療を繰り返されることや、担当制ではないため毎回のように自分のことを覚えてもらえていないことへの不信感から転院を考えていたところ、古賀文敏ウイメンズクリニックとの出会いがあり、一気に私の人生が変わり始めました。
 古賀先生は穏やかで優しく、いつも私にじっくり向き合ってくださり、いままでの不安や辛さから解放され、この先生ならきっと大丈夫だとはじめにお会いした時は泣いてしまいました。その予感通り、一回の採卵、移植で妊娠することができ、いまは育児に奮闘する毎日です。多胎のため、妊娠してからも古賀先生からは周りに手伝ってもらうようアドバイスいただき、おかげさまで楽しく子育てできています。

実は移植の前に夫が双子を授かる夢を見たとのことだったので、2個移植して頂いていたのですが、その夢は現実となり不思議なものです。
 その愛する夫に我が子を抱っこさせてやれないかも、と諦めていた私が判定日に陽性だった日、警固神社に夫婦でお参りしながら
「もう2人家族じゃなくて、4人家族なんだね」としみじみ話したのをきのうのことのように思い出します。
 先生もお忙しいこととは思いますが、お体に気を付けられ治療を望む皆さんの希望の光でいてくださいね。本当にありがとうございました。  (奥様より)
 
 通院中は大変お世話になりました。双子の娘から日々いろいろなことを勉強させられる毎日です。素晴らしい出会いへと導いていただきありがとうございました。これからもたくさんの患者さんへ希望を与えていってください。誠にありがとうございました。                (ご主人より)

治療内容:

夫婦の思い出の地から家族の思い出の地へ

 2017年を迎える前に先生に御礼をと思っておりましたが、すっかり遅くなってしまいました。

 今家族3人では初めての海外で年末年始を過ごしています。ここは夫婦二人で10年以上生活した思い出深い土地ですが、不妊治療を始めてから友人にも会いづらく足が遠のいていました。
福岡でいくつかクリニックを回った後、古賀先生のクリニックに通うようになったのは不妊治療を始めて1年後の妻が42歳まで後3か月という精神的にもきつい時期でした。男性不妊が原因で顕微授精をし4回目の採卵もうまくいかずに転院してきました。最初は治療の先に妊娠ができるという希望が持てずに年齢的にもあと1年が勝負でしたが、ベストを尽くしますという先生の言葉を信じて治療を続けることができました。

 転院して1回目、2回目の移植は着床せず撃沈、3回目の採卵は数が少なく受精卵が2つだけ残りましたが、グレードも1回目ほどよくありせんでした。移植の前に転勤になり、治療を続けるために福岡に残るかどうか迷っていましたが、結局私だけ関東に単身赴任して妻は一人福岡に残りました。そんな中の移植だったので妊娠を期待するどころかむしろこの先の治療を続けるべきかどうかで悩んでいました。
9月半ばに妊娠判定の受診に行った際も妊娠している気配もないので事前検査もせず、その後の治療について先生とどう話すかばかりを考えてクリニックに向かいました。診察室で先生から「おめでとうございます。妊娠しています。」と聞いた時には二人で何かの間違いが起こったのかと思ったぐらいびっくりしました。それほど妊娠しているとは露にも思わず、気配すらなくこんなことがあるのだろうかと信じられませんでした。治療をしている時には本当に前が見えない暗闇の中を手探りで進んでいて、どこに出口があるのか光すら見えない状況の中でぐるぐるしていたのが、突然日のあたる出口に出た気分でした。
 それから妊娠停止や流産にびくびくしながらも何とか無事5月に娘を出産することができました。無事出産が終わるまでは赤ちゃんがちゃんと産まれるのか心配で半信半疑でしたが、産まれたばかりの赤ちゃんを抱くとその温かみに自然と涙が出ました。

 不妊治療をしている方がすべて子供を授かる訳ではありませんが、(僕は毎回妻と一緒に通っていたので)先生のクリニックではホスピタリティや空間作りから治療に負い目を感じることなく、患者が心地よくまた必要なだけ説明を受けられるように工夫していただいていることに本当に助けられました。他のクリニックでは機械的に扱われることも多く、ただでさえ辛い不妊治療で身体だけでなく心も折れてしまいそうになることが何度もありました。治療方針や体質など向き不向きはそれぞれあるとは思いますが、これほど患者の心に沿ったクリニックづくりをしているところは他では考えられません。今は引越して関東におりますが、また治療をするなら福岡へ通院することも考えています。

 今この地でははちょうど年越しの花火が上がっています。娘・○○は7ヶ月を過ぎて離乳食も食べるようになり、すくすくと元気に育っています。この幸せがあるのは本当に先生のおかげです。ありがとうございました。2016年は私たち家族にとって大切な年になりました。最後に治療をされているすべての方がそれぞれの幸せを見つけられることを願っております。

治療内容:

2回目の転院は、私にとって賭けのような決断でした。

古賀先生、スタッフの皆様お元気でしょうか?
通院中はお世話になりました。7月に元気な男の子を無事出産し、はや3ヶ月がたちました。最近はそちらにお世話になっていた事をよく思い出します。
 私は先生の所にお世話になる前、2つの病院に通い、そこでは胚盤胞ができ、胚の状態はいつも「とても良い状態」と言われていました。しかし移植してもうまくいかず、わたしは新幹線で5時間以上かかる所まで着床障害の検査を受けに行きました。先生のクリニックを知ったのは、ちょうどその時期です。ちょうど臨時での初診受付の電話の日が1週間後にあり、思い切って転院を決めました。この時は、「また一からやり直しか・・・」という気持ちや「今までの経緯を知っている今の病院に通った方が早く妊娠できるかも・・・」という気持ちがあり、ある意味賭けのような決断でした。
 そして、初診の日。問診に今までの治療歴と遠くまで着床障害の検査を受けにいった事を書いてあるのを見て、「何度も挑戦して上手くいかず、どうしたらいいのか分からなくなっている心情が分かります。こんな遠くの病院まで着床障害の検査を受けにいったのはその気持ちからでしょう。でも大丈夫ですよ。○○さんは典型的な多嚢胞のタイプです」と言われました。先生は私の気持ちを見通したマジシャンのようで、自分は特殊なタイプと思っていた私に「典型的」と言って下さいました。ゆっくり時間をとって診察をしてくださり、帰り道には「ここならなんとかしてもらえるかもしれない、頑張ろう」と改めて決意したのを覚えています。またスタッフの方からも「すぐにできると思います。赤ちゃんを抱っこしている雰囲気がありますよ」と言われ嬉しく思いました。
 それからの治療は1回目で妊娠、というわけには行きませんでしたが、治療の結果に涙してくれたり、真剣に励ましてくださるスタッフの方に支えられ、苦痛のない治療の日々でした。そして、自分が思っていたよりも早く妊娠する事ができました。
 ちょうど1年前は移植した後で、結果を待ちそわそわとしていた頃です。3ヶ月になった息子を見て不思議な気持ちになります。慣れない子育てに睡眠不足と体力の消耗を感じる事もありますが、先生のコラムを読み、「あんなに忙しい先生が目標を持ってライザップや英会話に通って頑張っていらっしゃる」と思い励まされています。
 まとまりのない文章になりましたが、古賀先生、スタッフの皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。息子を授けてくださり、本当にありがとうございました。
今から寒い季節となります。古賀先生、スタッフの皆様どうかお体をご自愛下さい。

治療内容:

先生が授けて下さった天使、先生は私の魔法使いです

古賀先生、クリニックの皆様へ

ご無沙汰しております。
昨年12月にクリニックを卒業しました○○と申します。
皆様のおかげで、7月に3260gの元気な男の子を出産いたしました。

昨年、すがる思いでこちらのHPからメールをお送りしたあの日。
私は本当に追い詰められていました。
20代にも関わらず、26歳から始めた治療は採卵10回を数えるまでとなり、「もう我が子をこの手に抱くことも、愛する主人の子をこの身体に宿すことも、私にはできないのだ…。」と途方に暮れていました。
貴院の前に通っていた2つのクリニックでは、主治医の先生と信頼関係を築くどころか、毎日不安でいっぱいでした。
「若いから大丈夫。次はこの方法で行くから。」と2、3分の診察で決められてしまい、今回うまくいかなった詳しい説明もなく進んでは繰り返される治療に心身ともに疲れ果てていました。

そんな時、毎日たくさん届くメールの中から古賀先生が返信をくださった時、本当に光を見た気がしました。治療を始めた当初から、一番診ていただきたかった古賀先生にすべてお任せし、こちらで無理なら諦めようと考えました。
3か月後の初診では、立って診察室へ迎え入れていただき、40分以上これまでの私の治療歴・今の不安ごと・主人への不満までも、すべて聞いていただき受け止めてくださいました。
当時からタバコをやめられない主人への不満が蓄積しており、恥ずかしながらご相談し「古賀先生がやめたほうがいいとおっしゃるなら、絶対にやめさせます!!」と、きっとかなりの形相でお話しすると、古賀先生がこうおっしゃいました。
「うん。これ以上精子の状態が悪くならなければ、一旦ご主人のタバコのことは置いておきましょう。私は旦那さんのタバコをやめさせることより○○さんを妊娠させる方が得意だから^^ そのことで○○さんがカリカリする方が治療にはよくないですよ。2回の採卵で妊娠させてあげるから。私に2度、チャンスをください。」と…。

これまで治療を始めて3年以上。私がタバコのことで主人を責め立てたのは一度や二度ではありません。治療の話をする度、必ず文句を言い険悪なムードになっていました。しかし不思議なことに、初めてお会いしたはずの古賀先生にそう言っていただき、私の心は本当に、本当に軽くなったのです。
年甲斐もない表現をさせていただくと、私は本当に古賀先生は魔法使いのような方だと感じました。
それから看護師の皆様にも毎回励ましていただき、あんなに苦痛だった通院が楽しみになりました。着実に我が子へ近づけているのだと感じたからです。
自己注射は、一度気を失うなど楽なものではありませんでしたが、皆様のおかげで乗り越えることができました。

判定日のあの日、自己検査をせずに臨んだ私は、病室に入り古賀先生と看護師さんの笑顔に、信じなれない気持ちでいっぱいでした。
ついに私のお腹に赤ちゃんが宿ってくれたと、手が震え放心状態でした。その時、看護師さんが優しく手を握り「本当によかったですね!!」と一緒に涙ぐんでくださったこと、決して忘れません。
毎回いただく次回の通院のメモにも、必ずあたたかいコメントをいただき、心がほっこりしました。
古賀先生は、3年7ヶ月の治療で一度も着床すらできなかった私を、たった一度で妊娠させてくださいました。

やはり古賀先生は私の魔法使いです。

結婚を機に福岡へ移り住んで4年。
古賀先生や貴院の皆様に出会えたことは、私にとってまさしく人生の財産です。
待って待ってやっと我が家へ来てくれた天使は、古賀先生が授けてくださった天使は、今私の隣でスヤスヤ眠っています。
長くなりましたが、どうしても感謝の気持ちをお伝えしたく投稿いたしました。
どんな苦しいことがあっても、この子を守り抜いていきます。

本当に本当にありがとうございました。
第二子も望んでおりますので、またごあいさつに伺わせてください。
変わらずご活躍されご多忙かと存じますが、くれぐれもお身体ご自愛ください。

感謝の思いを込めて…。

治療内容:

出口のみえないトンネルの先に叶った夢

古賀先生、通院中は大変お世話になりました。
クリニックに通うため、何度も電話をかけ何とかキャンセル待ちの枠に入り、36回目の誕生日の日に初診ということで、奇跡を感じました。
子宮頸癌の軽度異形成の手術後、不妊治療をはじめ、出口の見えないトンネルの中で絶望の日々を過ごしていました。
先生に初めてお会いした日に“クリスマスにはお腹が大きいと思いますよ”と笑顔で語りかけていただき、本当に夢のようでした。先生を信じて、自分に出来ることは全てやろう!!と思ったのを、はっきり覚えています。
5月に採卵そして8月に移植、5個の胚盤胞が育ってくれて、1度目の移植で陽性判定を頂きました。
本当に夢のようです。診察の時は、緊張してうまくお話が出来ないので、お手紙を書きました。感謝してもしきれません。私たちに子供を授けてくださり、本当にありがとうございました。

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