古賀文敏ウイメンズクリニックKOGA FUMITOSHI WOMEN’S CLINIC

患者様からのお便りを集めました

患者様の声は、当クリニック宛にいただいたお便りを集めたもので患者様の体験談です。 患者様の声をお読みになって当クリニックへお越し下さる方が沢山いらっしゃいます。 また、当クリニックのスタッフもお寄せいただいたお便りに日々励まされております。

7回の流産を乗り越えて」は、 院長が当クリニックを開業するに至った原点とも言える方からお寄せいただいた体験談です。ぜひお読みください。

なお、「患者様の声」は随時募集しています。こちらからお寄せください。

治療内容

治療内容:

他院で治療している時に、夫の精子がほとんどいないことが判明して・・・。

古賀文敏先生、スタッフの皆様
ご無沙汰しております。昨年5月に卒業した○○○○です。皆様お変わりなくお過ごしでしょうか。
昨年12月4日、3,194gの女の子を出産しました。妊娠中はひたすらつわりと戦い、臨月には妊娠高血圧症になり、急遽帝王切開での出産。翌日には弛緩出血の大出血により人生初の輸血。産後はインフルエンザ、ノロウイルスなど様々な感染症と幾多の困難を乗り越え、7ヶ月になりました。
母体はボロボロですが、娘はスクスクと元気に育っております。
古賀先生に初めてお会いしたのが、一昨年の11月。診察室に入った時、先生が立たれてご挨拶して下さったのが、とても衝撃でした。とても素敵な笑顔で話し始められたのが今でも忘れられません。
こんなお医者様もいるんだ、、、。と感動したと同時に、先生なら全てをお任せできると思いました。治療を進めていくにつれ、辛い事やきつい事もありましたが、先生にお会いする度に元気をもらい、いやされていました。
「○○さんなら3回までには妊娠できるよ」とおっしゃった時は、正直「確率低いのに、3回、、、?無理じゃないかな」と思っていました。(先生ごめんなさい!)そうしたら2回目の顕微で陽性!本当にびっくりしました。卵子も精子も少ない私たち夫婦には採卵・培養の度に厳しい現実をつきつけられていたので、まさか!という気持ちでした。
今、横にいる娘を見ても、本当に奇跡だなとしみじみ思います。先生にお会いしてなかったら、娘に会う事はできなかったです。
クリニック卒業の日、その日に限って今まで見た事のない数の患者さんがおられました。最後の診察なので、先生にきちんとご挨拶したかったのですが、先生のお顔を見ると涙があふれそうになり、言葉がつまってしまいました。待合室の患者さんの事を考えると時間を取る事も申し訳なく、、、。
ご挨拶もお礼もお伝えできなかった事だけが心残りです。本当にありがとうございました。

ぜいたくな願いかもしれませんが、出来ることなら第2子、第3子も授かれたらな、、、と思っております。仕事・育児・治療と以前にもまして大変になるとは思いますが、あきらめずにやれるだけの事はがんばりたいと思っています。近いうちにまたお世話になります。よろしくお願い致します。
最後になりましたが、先生をはじめスタッフの皆様、どうぞお体にきをつけてご自愛されてください。お忙しいとは思いますが、くれぐれも無理されずにがんばって下さい。
またお会い出来る日を楽しみにしております。

治療内容:

排卵がおこりにくい多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)で、他院で2年間治療した後の転院。

古賀先生には本当にお世話になりました。
2011年1月に初めてお会いし、今まで他の病院で受けた治療や検査結果を本当にゆっくり聞いてくださって、「1回目の体外受精で妊娠する確率は50%、2回目では70、、80%、、、うん、2回もあれば妊娠しますよ」と仰ってくださいました。
あの場面、あのときの気分は忘れられません。
目の前の霧がパッと晴れたようでした。
そして本当に1回目の体外受精で妊娠しその年の12月には元気な男の子を出産することが出来ました。
そして第2子のときも全てを万全に整えてくださり、1回の凍結胚移植で妊娠。元気な女の子です。
今、3才8ヶ月の息子と1才5ヶ月の娘がいる家族。
古賀先生との出会いがなければ今の私たちはいませんでした。
本当に感謝しています。

仕事を辞めずに通院できるクリニックを作ってくださってありがとうございました。
たくさんのストレスから守ってくださってありがとうございました。
そしてなによりも、的確な診断を、すばらしい治療をありがとうございました。
最後になりましたが、助産師さん看護師さんの温かいケア、受付の方の親切で丁寧な対応にも心から感謝しています。

どうか古賀文敏クリニックがこれからもたくさんの患者さんの心を救ってくださいますように。

治療内容:

仕事との両立に悩んで、ステップアップし、他院のARTを経験して3年・・・。

古賀文敏先生 スタッフのみなさまへ
御無沙汰しています。 ○○○○です。
36週で出産しましたので心配でしたが母子共に元気に過ごしています。
実は、30週に陣痛が発来してしまい、その日から出産までへルテオニンとマグセントの点滴で抑制していました。
36週まで点滴で抑制していたのですが、点滴を抜針した後にすぐに破水し、陣痛始まり1時間で娘が誕生するというバタバタの出産となりました。
私が思い描いていたマタニティライフではありませんでしたが、無事に娘を抱っ子することができ、主人にやっと父親になってもらうことができ、古賀先生には、とても感謝しています。
治療している時に流産を繰り返し、先が見えない時もう私たち夫婦には子を授かることは無理かもしれないと絶望的になりましたが、もう一度古賀先生の所で頑張りたいとH24.7に戻らせていただきました。
先生は笑顔で私をむかえてくれましたね。
ホッとしましたし、もう一度この病院で頑張ろうと思い授かったのが娘です。
体外受精の後最愛の父の急死、孫を抱かせてあげることができなかったと悔やみましたが、天国からいつも支えてくれていたのか、早産で小さく産まれた娘ですが私のおっぱいをたくさん飲みますしよく寝てくれとても元気な赤ちゃんを授かることができました。時間がたたないでほしい1分1分がおしい位、娘がかわいくていとおしくて、ずっと娘をみています。主人と取り合いです(笑)主人もとても嬉しいようで、本当に幸せです。
出産後、一枚の布団で3人で川の字で寝ました。
あきらめなくて良かったと何度も思いました。
正直、36週で産んでしまったと出産後悩む日もありましたが母子共に五体満足であることに感謝し、これから家族3人で笑顔の絶えない○○家を築いていきます。
本当にあきらめなくて良かった。古賀先生の所で頑張って良かった。

みな様には本当に感謝でいっぱいです。
娘にもう1人家族と考えています。落ちついたら2人目の治療頑張らせて下さい。
そして、助産師として不妊治療、妊娠、出産、育児を体験したことをいつか貢献できたらと思っています。

本当にありがとうございました。
感謝でいっぱいです。
落ちついたら娘とあいさつにいきます!!

治療内容:

三年に及ぶ不妊治療の末

師走を迎え、気忙しい毎日ですが、皆様ますますご活躍のことと存じます。先日、娘の一歳の誕生日を無事に迎えることができましたことを、皆さまへの感謝とともにご報告致します。

この一年、慣れない育児に戸惑いながらも毎日楽しく過ごせてこれたのは、クリニックを卒業する時に「困ったことがあったらいつでも相談してくださいね」と古賀文敏先生をはじめ、スタッフの皆さまに温かく送り出して頂いたからだと思います。
「明日もこれが続いたらクリニックに電話して助産師さんに相談しよう」と思ったことはこの一年の間に何度かありましたが、いざという時に駆け込む場所があると思うと気持ちに余裕もでき、大変な時期もやり過ごすことが出来ました。

そして、古賀剛先生のご活躍を知り、とても嬉しく思っています。剛先生は私が妊娠8週ちょっとでご紹介頂いた産院にいらして、安定期に入るまで不安でメソメソしてばかりいた私をお医者様らしからぬユーモアと気遣いでいつも楽しく励まして下さいました。新しいクリニックでは妊娠中期まで剛先生に見ていただけると知り、次の治療の際の不安が一つ消えました。

思い起こせば産後の私は、疲れからか、娘をあまり可愛いと感じることが出来ず、退院を前に不安な気持ちで過ごしていました。そんな私の様子に気づいておられたのでしょうか?退院前診察の後、着替えていると「君は本当に可愛いなあ!」と先生が娘に話しかけて下さる声がカーテン越しに聞こえて聞きました。その言葉を聞き、涙を流したことを今でも鮮明に覚えています。
三年に及ぶ不妊治療の末にやっと娘を授かり、生まれるまでは無事に生まれてくれさえすれば良いと思っていたのに、ちょっぴり個性的な外見で生まれて新生児室で注目を浴びていた娘を、私は心の中で少しだけ恥ずかしく思っていたのかもしれません。
きっと先生は覚えておられないと思いますが、あの時の先生の一言に本当に救われました。あの日から今日まで幸せな気持ちで育児をすることができています。いつかお礼を申し上げたいとずっと思っておりましたので、この場を借りて御礼申し上げます。剛先生本当にありがとうございました。

新しいクリニックはきっと以前にも増して患者さんに寄り添った素敵な場所になっているのだろうと、次に治療でお世話になることを今から楽しみにしています。
最後になりましたが、クリニックのリニューアルおめでとうございます。これからも、多くの患者さんの為に皆さんが御尽力されますことをお祈り申し上げます。

治療内容:

42歳まで頑張ろう!もうそこで終わりにする!

とうとう、古賀文敏ウイメンズクリニックを卒業する日がやってきました。待ちに待った卒業だったはずなのに、今はとても淋しい気持ちです。

私は、他クリニックに数年間通っていて、顕微授精にも複数回挑戦したのですが、なかなかうまくいきませんでした。ある日、担当の先生から「病院変えたら?」と言われ、うまくいかない原因を尋ねると「歳のせい」と軽く答えられ、今までにないくらい悲しい気持ちになり、少しの未練も残さず転院を決心しました。

以前から評判が良かった古賀文敏ウイメンズクリニック。予約がとれない病院としても有名で、電話をすることをためらっていたのですが、鍼灸師の先生、大学病院の看護学科の先生、産婦人科で働いている複数の看護師さん、友人などから薦められるのは、やはり古賀文敏ウイメンズクリニックでした。やっぱり転院するなら古賀先生のところしかないと思いHPを拝見したところ、翌日が初診の予約受付日になっていました。なんというタイミング!もうここしかない!と、翌日何度も何度も電話をし、結局一度も繋がることはありませんでしたが、さらに翌日、HPに体外受精のみ若干予約の空きがあるということが掲載されており、会社の先輩の協力も得て、何とか予約を入れることができました。

古賀先生は、噂通りの穏やかで優しい先生で、親身になって話を聞いてくださいました。これまでの治療の経緯から、考えられる原因をあげられ、これからの治療方針や期間の目安を伺いました。うまくいかない原因を「歳のせい」と言われていた私は、まだやれることはあるんだ!とホッとしたのを覚えています。そして何より良かったのが、私の人生における不妊治療の期限について話していただいたことです。「42歳までを目標にしましょう。その時点で結果が出なかったら、神様があなたには別の人生があるんだよと教えてくれていると思って、その時、残りの人生について改めて考えましょう。」と言っていただき、素直に、そうしようと思えました。これは本当に感謝すべきことで、この治療をいつまで続けるか、どこで終わりにするかを自分で決めることが難しく、ズルズル継続しがちだと思いますが、先生のこの言葉に救われ「よし、42歳まで頑張ろう!もうそこで終わりにする!」と驚くほど前向きになれました。

最初は転院に反対していた夫も、古賀先生にお会いし、看護師さんから治療の詳細について説明していただき納得したようで、「古賀先生に任せよう。この病院でダメだったら、もうどこでやってもダメやろ。古賀先生のところに来てよかったね」と言ってくれました。

治療は初回からうまくいったわけではありません。途中、流産も経験しました。一瞬落ち込むことはあったものの、不思議と前向きでいることができました。それは、古賀先生や看護師のみなさんが、一緒に喜び一緒に悲しんでくださったことが大きかったと思います。そして、陰ながら私の心の支えになっていたのが、HPに掲載されている古賀先生のコラムでした。

コラムに綴られている古賀先生の思いが、何度となく私を励ましてくれましたし、前に進む力をくれました。古賀先生がどんな思いで開院されたのか、どんな気持ちで私たち患者と向き合ってくださっているのか、読むたびに涙が溢れ、この思いに私も応えなきゃという気持ちになっていました。

もう一つ私にとって良かったのが、剛先生が来られたことです。私が担当してもらっている美容師の奥さんが、剛先生が前におられた病院でお世話になった方で、剛先生のことをよくご存知でした。前病院の周辺では、あの人気の剛先生がどこに行かれたのかと探しておられたようです。剛先生に流産の手術からお世話になったのですが、古賀先生とはまた違った優しさと明るさで、たくさんのパワーをいただくことができました。手術室でも励ましていただいたことが今でも忘れられません。ちょっとした質問でも、丁寧にお応えいただき、ユーモアと知識が溢れる診察をしていただいたと嬉しく思います。剛先生が来られたお陰で、剛先生の技術力の高い胎児ドックを受けることができ、また今日22週まで古賀文敏ウイメンズクリニックに通うことができたわけで、これまたいいタイミングだったなと感謝しております。

古賀先生、剛先生だけでなく、看護師のみなさん、受付のみなさんにも本当にお世話になりました。いつもあたたかい笑顔で、優しさに満ちた対応をしていただき、嫌な思いを一度もしたことがありません。流産前、不安な気持ちに押し潰されそうになって時間外に電話をしたことがありましたが、その時も終始優しく応対していただきました。本当にありがとうございました。直接お会いすることがなかった培養士などのスタッフのみなさんにも、心から感謝いたします。

古賀先生、剛先生、スタッフのみなさま、本当にお世話になりました。元気な赤ちゃんを産んで、夫と一緒に愛情いっぱい育てていきます。

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