古賀文敏ウイメンズクリニックKOGA FUMITOSHI WOMEN’S CLINIC

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院長コラム

院長 古賀文敏 が不定期に書いているコラムです

2008.12.05

野村ノート

突然ですが、プロ野球で歴代ホームラン数の第二位の選手をご存知でしょうか?一位の王監督を知っていても二位って意外と思い浮かびませんね。実は楽天の野村克也監督です。65年戦後初の三冠王に輝き、MVP5回、本塁打王9回、打点王7回と実績はすさまじいものです。ただ我々にとっては、南海ホークス時代の捕手、捕手兼監督時代より、むしろ最近のヤクルト(んー、これは通院されている皆さんには意外となじみがないかも)、阪神や楽天の監督として知られてきましたね。

ただ彼の功績は、ID野球として緻密な野村イズムを学んだ古田や池山、広沢、石井など黄金のヤクルト時代を支えた面々や阪神時代に4番に抜擢され、個性を開花させた新庄、そして星野監督時代に花を開いたJFKや赤星等々蒼々たる面々が雄弁に物語り、野村再生工場とまでいわれました。楽天に来て“ぼやき”の野村といわれながら、昨年ホークス投手陣からホームランを打ちまくった山崎、新人の頃からいいように押さえられたマーくん、そして沢村賞の岩隈等、しっかり教え子が育っており、我々のホークスが結構負かされているのは周知の通りです。

そんな華々しい業績の数々ですが、実は彼はテスト生採用から2軍を経て、1軍にあがりました。そして2年目にはリストラ宣告をうけたにも関わらず、「首になるなら南海電鉄に飛び込んで死んでやる」と訴え、なんとか首がつながった特異な経歴の持ち主です。

急に野球の話を持ち出したのは、我々の不妊治療の世界もよく似ているなあと思うからです。体外受精の妊娠率は、全国的には採卵あたり2割5分、胚移植あたり約3割は、まさに打率そのもの。排卵誘発においては、ロングプロトコールでいい卵が育たない方は、じっくり小さな卵胞を何度もみては、クロミッドやGnRHアンタゴニストなどの利用を想定しながら、いい時期を待つ。それはあたかも投手の持ち味や今日の調子を見ながら、そして打者の心理を推し量りつつ配球する捕手のようです。

最初の見立てから排卵誘発そして卵の培養、説明まで私自身がこなしたいのは、城島捕手が今年はキャンプからすべての投手のボールを受けたい、といっていたその心理とも合い重なります。(自分で育てた卵をこれだけ継続して培養している医師は、日本にはほかにいないんじゃないかなと密かに自負しています。)また院長をするようになって監督的な仕事もでてきました。人格的にそれぞれ魅力のあるスタッフひとりひとりがチームとしてどれだけ活躍できるか、どれだけ本当の実力を引き出せるのか、ここも苦心するところです。

総じて野球は、野村監督曰く、「間のスポーツ」「心理のスポーツ」であるとのこと、それもそのままこの不妊の分野にも重なっています。不妊=ストレスって世間一般には思われるぐらい、切り離すことができなくなっていますが、一ヶ月に一度のチャンスにどう対処していくのかが大事ですよね。

「野村ノート」には、彼の本当に緻密な観察と多くの実際のデータをもとに、打者の性格分析から心理学を応用した配球の数々が書かれています。たとえ野球に疎くとも、愛弟子と思われている古田は年賀状をよこさないとか、同じく年賀状をださない石井一は、“天然”で常識が通用しないから、まだ許せるといった秘話もちりばめられています。阪神時代のドラフトはいつもとれる選手しか候補に上がってこない。優勝が狙える阪神に変えたのは、野村監督が久方オーナーの考え方をまず変えたからだとか・・・

これだけ歯に衣着せぬいいかたで書いてあるとちょっとドキッとすることだらけです。敵も案外多いかもしれません。でも毎年ドラフトであれだけ騒がれながら、最近聞かなくなったねという選手がいかに多いことか、イチローがなぜすごいか、それも継続的に—と考えると、意識改革を大事にする野村監督の発言は、的を得ていると思われます。今どきこれほど正直にいろんなことが言える人もあまりいないかもしれません。―おかげで私は、東京からの学会の帰りの飛行機で夢中になって読んでしまいました。

「プロ野球の世界は、競争社会であり、実力の世界であるが故に他人と同じことをしては競争に勝てない。合宿生活では、夜、庭にでて毎日素振りをしますが、人が200本やるなら、私は400本振るといった考え方で過ごします。球団主催の練習や試合が終わったら、その後は休憩ではなく自分なりの24時間の使い方がその後に大きな差を生み出していくのです。」

野村ノートより

そんな努力家の監督が強調することばに“意識改革”がたびたび出てきます。

———『よく「おまえ成長したな」と何気なしにいわれることがある。ところが何を根拠に「成長した」なのかを考えてみると、自分の間違いに気がついて正しているからなのだ。また一方で、「判断基準のレベルアップ」をしてこそ成長なのである。』

野村ノートより

なるほどと思います。そしてその根底には「感謝の心」が不可欠だと強調されていました。以下はヤクルトの二軍のロッカールームに張ってある言葉です。

「おかげさまで」

夏がくると冬がいいという、冬になると夏がいいという
太ると痩せたいという、痩せると太りたいという
忙しいと閑になりたいという、閑になると忙しいほうがいいという
自分に都合のいい人は善い人だと誉め、自分に都合が悪くなると悪い人だと貶す
借りた傘も雨が上がれば邪魔になる
金ももてば古びた女房が邪魔になる、世帯をもてば親さえも邪魔になる

衣食住は昔に比べりゃ天国だが、
上を見て不平不満に明け暮れ、隣を見ては愚痴ばかり
どうして自分を見つめないのか、静かに考えてみるがいい
いったい自分とは何なのか
親のおかげ、先生のおかげ、世間様のおかげの塊が自分ではないのか

つまらぬ自我妄執を捨てて、得手勝手を慎んだら世の中はきっと明るくなるだろう
おれがおれがを捨てて、おかげさまでおかげさまでで暮らしたい

野村ノートより

しばらく待合室の本棚においておきますね。