古賀文敏ウイメンズクリニックKOGA FUMITOSHI WOMEN’S CLINIC

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院長コラム

院長 古賀文敏 が不定期に書いているコラムです

2020.06.15

武漢封鎖の日に下肢の複雑骨折を経験して

忘れもしない武漢封鎖の日、東京で左下肢を複雑骨折しました。救急車で日大病院に搬送されるも東京で手術受けると帰れなくなると思って、ロキソニンだけ飲んでホテルに帰り、朝一の飛行機で福岡に帰ってきました。開院して13年一度も急な休みを取ったことがなかったことだけが自慢でしたが、自分でも全く予想外の出来事でした。手術までに1週間待つ必要があり、介護タクシーで送り迎えを受け、診察室2にベッドを置いて、代診の先生のバックアップをしました。ちょっと足を動かすだけで、ささくれている骨の断片が私を刺しているようで経験したことのない痛みが続きました。毛布の重みでも激痛が走るぐらいで夜は全く眠れず、いっそのこと切断したいぐらいの気持ちにもなりました。手術後3週間入院と言われましたが、無理を言って手術後3日目に硬膜外麻酔を直前に抜いて退院してきました。足は裏側までパンパンに腫れ上がり、痛みで動かせなかったのですが、1週間目の診察では足指もほとんど動かず、足首はおもちゃのフィギュアのように直角のままでした。リハビリの先生の顔色が変わったということは、専門家も驚くくらいのものなのだと自覚し、やっぱりただ事ではないことが予想されました。後日、先生には「早期に退院するとこんなになるのだと思って怖かった」と打ち明けられました。
  カラダが資本ということは、以前から痛感していましたし、それなりにお金や時間も注いでいましたが、このありさま。骨折直後は、操り人形のピノキオのように足首から外側に反転しているのをみて、尋常ではないと直感しましたし、痛みのなかで「もう歩けない。私の人生色々あったけど、たのしい思いもたくさんしたなあ、これで終わりでも良いかも」と思ったりもしていました。でも現状を受け入れるしかなく、自宅のベッドも入院ベッドのようなリクライニングベッドにすぐ変更し、車椅子も足が上げられるようすぐ改造してもらいました。車椅子のままタクシーに乗り込める介護タクシーも初めて利用し、毎日のタクシー代にもビックリしました。でもご迷惑かけながら、なんとか診療が行えることは、自分でも驚きでした。採卵や胚移植も介助つきできちんとできましたし、多くのスタッフの力を借りて診療もできました。初診の時に私を初めて見たら、ビックリされたかと思いますし、通院に不安を与えたかもしれませんが、この3ヶ月多くの方の妊娠の喜びに支えられました。
  私は、2日に一度のリハビリ、毎日数時間のマイクロカレントや低周波治療、高濃度ビタミンC点滴、高濃度CBDオイルやインディバなどありとあらゆる治療を行いました。そしてカラダから成長因子がでるよう、3月、4月、5月と5日間のファスティングを3回行いましたし、幹細胞培養上清を点滴したこともあります。色々勉強してきたことを自分のカラダを使って、実験できたことは本当に貴重な経験になりました。また何より私の骨折にあわせたように、日本でも非常事態宣言でstay homeになり、診療時間短縮の合間をぬって、リハビリやTaycan bodyのトレーナーにプライベートリハビリを受けられたことは何より助けになりました。学会やセミナーでの発表や座長、講演などいくつも予定が入っていましたが、ほとんどは中止か延期になりました。そしてリクライニングベッドで昨年から取りかかっていた「栄養と生殖の関係」の総説を英語で書き上げられたし、色々なセミナーもオンラインで受けることができました。昨年休学していた事業構想大学院大学も退学届をだそうと思っていたら、オンラインで可能との報告を急遽受け、復学することにしました。しばらく休んでいたSkypeでのオンライン英語レッスンBizmatesも毎日25分受講し、いつものように大忙しの日々です。
  初めて入院を経験し、自分で動けないなかで色々気づくこともありました。そして松葉杖がはずれ、新しいスニーカーを履ける喜びに密かに狂喜乱舞しました。非常事態宣言が解除され、なじみの鮨や開店の知らせをきいて、元気そうな大将の顔を見た時、岩田屋やバーニーズの行きつけのお店で担当の方が喜んでくれた顔を見たとき、何気ない日常がきらきらかがやいて見えました。最近読んだ冨永愛さんの『美の法則』の巻頭にこうありました。

人一倍、見た目が重視されるモデルの世界にいる私が言うと
信じがたい言葉に聞こえるかもしれないけれど−。
何が幸せで、何が豊かな人生なのかを考える時、
本当に大事なのは見た目ではない。
すべては心の持ちようだ。そう実感している。
精神論のように聞こえるかもしれないけれど、
20年間、世界のランウェイを歩き、
究極の美の価値観に触れてきた私がいま言えること。