古賀文敏ウイメンズクリニックKOGA FUMITOSHI WOMEN’S CLINIC

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院長コラム

院長 古賀文敏 が不定期に書いているコラムです

2010.07.09

奇跡のリンゴ

「ワインで有名なフランスのボルドーは、決して土地が肥沃ではないのです。むしろ土地がやせていることで、しっかりと根を張り、深い地中のミネラルがブドウの中に含まれ、味わい深いものになるのです。」ワインに精通されている先生から聞いた言葉がこの本を読んでよみがえってきました。農薬も肥料も使わず、たわわにりんごを実らせる、青森県弘前市の木村秋則さん。最近ラ・パレットやボンラパスのスーパーに並ぶいちご、スイカ、ネギなどといった果物や有機野菜によく○○さんが作った・・・とありますが、そんじょそこらの有機栽培とは訳が違うみたい。そもそも私たちが口にするりんごは、以前のものとは全く違う、農薬を前提に品種改良されたもので、「農薬を使わずにりんごを育てるなんて、世迷いごと以外の何者でもない。」りんご農家なら誰もがそう思う、とのこと。通常、りんごは切ったまま置いておくと、すぐに茶色く変色し、腐っていくのに、木村さんのりんごはほとんど変色せず、腐ることなく、まるで枯れたように変色するのだとか。

奥さんが農薬に人一倍過敏であったことから、農薬を減らせないかと試みたことがことの始まり。しかしその試みによって、容赦なく病害虫やカビが彼の畑を襲い、翌年には花を咲かせることができませんでした。つまり秋には収穫ができない、それはすなわちりんご農家にとっては収入がほとんどないこと。そんな生活が実質7年も続いて、子供たちは貧困を極めます。どんなに手抜きをしているりんご農家でも、農協からの指導のままの農薬散布によって結構な収入があるのに、真摯な独特のやり方が容赦なく彼を苦しめます。周りからは、病害虫の巣窟として、目の敵にされることも多く、徐々に孤立していきます。経済的にも社会的にも、そして心理的にもこの途方もなく長かった7年によって追い詰められ、家族がいるからこそ焦りや苦悩に拍車をかけ、いつしか穏やかな顔からは笑いが消え、ついに死を決意し、遠くの山を目指します。そしてロープを片手にみたものは−−−だれも手をつけていない野山にたわわな実をつけている果実でした。多くの虫がいるにもかかわらず、そしてだれも雑草の手入れをしていないにもかかわらず。死を決意したことさえ忘れ、その理由が我々には見えない根っこ、土にあることを探り当てます。

わたしは「大事なことは、目に見えるものや、地上に出ているものだけではないんだ」ということに気がつきました。地中には、表に出ている作物の、少なくとも2倍以上の長さの根が張っています。土のなかには2倍以上の世界があるのです。目に見える地上部だけをみて右往左往し、必死になってりんご作りをしているとき、わたしにはそれがわかりませんでした。

しかし、土の大切さに気づいて気を配るようになってから、りんごの栽培はどんどんと前に進み始めました。目に見えていることだけ見ていても、本当のこと、真実はわからないのです。それは無農薬・無肥料の自然栽培に限ったことではありません。人間もそうです。大事なことは、目に見えない部分にあります。

木村さんの言葉を引用

肥料をまいた土に育つりんごは、少しの根しかありません。木村さんの畑には根粒菌が根付き、窒素が豊富で、土は深い部分まで暖かく、通常のりんごより何倍も根を張っているのです。1991年の台風直撃では、彼のりんご以外はほぼ壊滅に近い状態だったのも無理はないかもしれません。ワインの味がわからない私でも、やせた土地に育つ良質なブドウの訳がわかったような気がしました。

そして女性と男性との結びつきで生まれてくる赤ちゃんも例外ではありません。開業したての頃、私の治療方法に疑問を持つスタッフから「先生のやり方は、心理カウンセリングみたいです。」となじられたこともありました。今までの不妊治療施設と進め方が違うこともわかっています。でも多くの女性が未来への不安から自信をなくし、孤立した後、夫との関係にも迷いがでてしまう現実のなかで、私たちがすることは、やみくもに高度な不妊治療を行うことではなく、本来持っている妊娠する力を引き出すことでした。

先日43歳にして初めて妊娠した女性は、3つの不妊治療施設で計16回の体外受精・顕微授精・Assisted hatchingと2度の手術を受けられていました。当院では、4回目の体外受精です。顕微授精もAssisted hatchingもしていません。ただその方の卵胞を毎月毎月超音波で観察し、ホルモンの状態を整え、ここぞ、という時に採卵しただけです。卵胞がなかなか育たない中、1個の卵胞を丹念に探しました。気の長い治療計画でしたが、ご本人はいい意味で達観された境地のように思えました。結婚して7年の歳月のなか、いい土地、いい根っこができていたような気がします。もちろんこれから流産しないか心配です。でももし生まれてこれたら、きっと木村さんのりんごに負けないようなお子さんになるんだろうなあと思っています。

「自然の手伝いをして、その恵みを分けてもらう。それが農業の本当の姿なんだよ。」

木村さんの言葉は、生殖補助医療に関わる私たちにも身にしみます。