古賀文敏ウイメンズクリニックKOGA FUMITOSHI WOMEN’S CLINIC

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院長 古賀文敏 が不定期に書いているコラムです

2019.07.13

日本生殖心理学会誌巻頭言

 人は恋をする動物です。友人に「なぜあの人を好きになったの?」と聞かれても、でてくる理由は、後付けばかり、本当は自分でも分からないという経験は誰にでもあるでしょう。ジャン=ポール・サルトルの言葉に「実存は本質に先立つ」とあります。恋も特に説明できず、思うより先に好きになっているのかもしれません。考えてみれば、生殖という分野は、この恋や繋がりが本質的なテーマです。それを心理学的にとらえるという、非常に興味深く、しかも難解な課題です。だって私たちが考えているより先に現実は進んでいるのですから・・・
 以前は、提供卵子による妊娠は遙か遠い存在でした。患者さんは、私たち医療者側の真っ向から否定する姿勢を意識してか、口にだしても聞き取れるか分からないぐらいの小さな声でした。がん治療で閉経した女性がいつか妊娠したいと母親に漏らした時、「命が助かったから良かったじゃない。」と泣きながら励まされている光景が思い浮かびます。胚の染色体異数性を調べるPGT-Aも同じような状況だったかもしれません。最初は誰も気づかないような声が、グローバルになった社会では少しずつ認知されてきました。そして法律の世界でも変わってきました。IFFSの調査では64カ国中21カ国、実に33%の国で、このわずか3年の間に生殖の法規制が変わりました。学問ではありません、法律の世界です。がん生殖については日本でもその必要性を取り上げられ、公的機関をまきこんで大きなネットワークが作られつつあるのはご周知の通りです。LGBTについてもボヘミアン・ラブソディの世界的なヒットをみるとやや身近になったかもしれません。
 しかし今の日本は、そうした多様性を受容できる社会かというと疑問がわきます。恋のあり方は言うに及ばず、天皇家の結婚には色々なバックグランドがマスコミから報道されます。生殖における考え方は、私たちが自覚する、しないに関わらず、大きく社会に影響され、選択権が狭められている可能性があります。こうした社会的影響や倫理的是非から離れて、前述の‘恋’のように、ありのままを知り、自由に語れること、討論できることが本学会の良さかもしれません。色々なバックグラウンドをもった方が集い、熱気にあふれた生殖心理学会が、今後広く社会にも影響を与えうる可能性を非常に楽しみにしています。一緒に勉強していきましょう。よろしくお願いします。